2010/06/27

【休肝日】「草の上の朝食」を読む

たまに読み返したくなる本は誰にでもあるかと思うが、俺にとってこの小説はちょっと特別である。

草の上の朝食 (中公文庫)草の上の朝食 (中公文庫)
(2000/11)
保坂 和志

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「草の上の朝食」というタイトルはもちろんメタファーで、草原でランチボックスを広げてサンドイッチと珈琲を天気のいい朝に食べる。そんな心地いい幸福感を感じられるタイトルの名付け方にいつも感心してしまう。

内容はというと、4人の男女とその仲間が一緒に暮らしている様子が淡々と描かれて、淡々と終わる。
特に事件が起こるわけではなく、感情の大きなアップダウンがあるわけではなく、猫に餌をあげる順番のことや、競馬場で馬券を買って酒を飲んだり、部屋で拾ってきたキーボードを弾いたり、そんな日常の様子が会話をメインにして描かれる。

どこに惹かれるのかというと、ゆっくりと流れる文体の「リズム感」と醸し出す「雰囲気」や「気分」。
小説の中で流れる時間にちょっとお邪魔して、登場人物たちと一緒に暮らしている気分になるというか、小説が終わった後でも、彼らが中村橋のアパートで暮らしているような気になる。

彼らは道の上や喫茶店や部屋の中で、猫に餌をやりながら冷えた珈琲を飲みながらピーマンと茄子の炒め物を食べながら会話をするのだが、その内容はとりとめなくて、聖書の内容のことや競馬のことや喫茶店で働いているちょっと派手な顔立ちで化粧の濃い女の子のことで、たぶん俺たちも仲間といる時はそんなようなことを話している。

作者の保坂さんは優れた小説の条件について別のところで書いていて、まさに自分でそれを実践しているのだが、
その条件というのは「要約できない」ということで、音楽の良さが実際に聴いてみないとわからないのと同じで、良い小説も読まないとわからない。
読んでいる時間が心地いい、好きだと思う、そんな小説が「いい小説」だということで、プロットや事件についてはその次。

何も事件が起こらない小説のどこが面白いの?というのは問い自体がそもそも間違いで、求めるものが違う、という答えしかない。逆に殺伐とした世の中で事件なんて毎日起こっていて、小説や映画の中くらいは平和な気分になりたい、と思う(こともある)。

生きれる人生や生活は1回しかなくて、でも小説を読むことで違う人生や生活を生きることが出来る。
それが小説の良さで、この小説はそういう意味で違う人生や生活に入り込める稀有なものだと俺は思う。だから、ついつい手にとって読み返してしまうのだ。
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