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2010/02/14

【休肝日】「後日の話」を読む

休肝日には食べ物が絡んだ本について書いてますが、今日は小説。
食べ物に関する描写がすごく気になったので、読後感もモヤモヤとなんだかとっても変な感触が残るこの話をご紹介します。

後日の話 (文春文庫)後日の話 (文春文庫)
(2002/02)
河野 多恵子

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17世紀イタリア、トスカーナ。美貌の主人公エレナは殺人を犯し刑死する寸前の夫に鼻を噛み千切られる。
その後日の話。

というと面白そうに思えるのだけれど、これが別に特別な事件は起こらない。

で、何がこの作品を特別にしているのかというと、その文体である。
作者の目は右往左往するように焦点が定まらず、読者は何を言っているのかわからず読み進む。

と、いつか誰が誰に何を言っているのかを理解する。
その繰り返しがいつかクセになるというこの不思議。

まったくどうでもいい挿話が伏線かと思うとまったくそうでなく、たまに差し込まれる会話の応酬も本筋とはまったく関係が無く、夫に鼻を噛み千切られるシーンですらフェイドアウト気味にドラマチックではないのだ。

なんなのか態度に困るこの作品は、ラストもあっけなく唐突に終わる。

残るのは妙なズレを残す文体の余韻。

で、その中でもとても不思議に心に残ったのがこのくだり。

法螺貝を煮るシーンである。

『夕方、ざるに上げてあったのが、皆薄切りにされ、茹汁に戻して煮られた。フランチェスカは塩だけで味を調えた。一、二度味見をしてから、二つのカップに少しずつ注いで、片ほうには白葡萄酒を二、三滴たらした』

このような描写が延々と続く。
なにこれ。

俺は毎日毎日ハイボールがああしたこうした、と書いていて、結論としては「うまかった」ということが言いたいわけなのだが、この文章はそうじゃなくて、その事実を書いている。だから何なのだ、と言われると困るのだけれど、それが妙に心に残るのだ。

いい音楽がそうであるように「要約できない」ことがいい小説の条件。
これは要約できない。

未体験の読書だった。

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