2010/01/21

【休肝日】「コーヒーに憑かれた男たち」

今日もまた休肝日。
そろそろ水の代わりにハイボールでも飲みたくなってきたが我慢である。

代わりにコーヒーを飲むことにする。
やなか珈琲店の珈琲豆の煎り方が結構好きで、まあ近くにこれ、という店を知らないこともあるのだが、
谷根千の古書店に行くついでに買って帰るのだ。

豆の種類をその日の気分で選んで、おススメのローストをしてもらって、
家でごりごりとミルで挽いてコーヒーメーカーにセットして、
ほうろうのポットでお湯をひと回し入れて蒸らし、
それからゆっくりと円を描くように注ぐ。

ほわほわと豆が膨らんできてこぼれそうになる。
立ち上る香り。

まあこんな感じで面倒な手続きも慣れてしまえばなかなか楽しい。
歯磨きと同じだ。
味もインスタントやシアトル系のコーヒー豆とはぜんぜん違う。
飲み口と複雑な余韻、2回楽しめるのだ。
シアトル系のコーヒーは濃くて熱くて余韻なんてまるでない。
なにしろスタバやタリーズの豆はお湯をおとしてもぜんぜん膨らまないのだ。
現地で炒った豆を輸入しているからだという。

こんなしったかぶりも、谷中の名店・往来堂書店でこの本を見つけたためである。

コーヒーに憑かれた男たち (中公文庫)コーヒーに憑かれた男たち (中公文庫)
(2008/03/23)
嶋中 労

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登場するのはコーヒーに自分の人生をささげた男たち。

自家焙煎を究めようとした吉祥寺「もか」の店主標。
戦後日本の文化と共に生きた銀座「ランブル」の店主関口。
職人の感性に背を向けて定量的なコーヒーを提唱する南千住「バッハ」の田口。

特に、時に神経症になりながらコーヒーの道を歩んでいく標の生きざまが鮮烈。
客がコーヒーを残すと、自分の味が足りなかったのかと気になって仕方無いのだ。
ヨーロッパの有名カフェだけを行脚する旅の途中、
失望ばかりが募る中で名もないカフェで焙煎の苦労で意気投合するくだりが感動的。

何より、個性的な生き方を切り取る筆者の講談めいた語り口が絶妙で、いつの間にか乗せられている。
切り取られるのは客や友人知人との関わりの中で戸惑いながら不器用に、背筋を伸ばして生きている人間の肖像で、
それがストレートに胸に響く。

突然亡くなった常連客の霊柩車が店の前を通る時にスタッフ一同並んで礼をするエピソードで感涙。

何気なく飲んでいるコーヒーに命をかけた人たちがいるということを思うと、
(何でもそうだと思いますが)
否応なしに襟を正してしまう。

そんなわけでいちいち豆をごりごり挽いているのかというと
そういういうわけではなくて、やはり美味しいからなのである。
お試しあれ。

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